2026年01月30日

人間失格ではなく、人間肯定の生き方

物事は真逆の位置から見ると大切なことが見えてくるものです。「お前は生きている価値は無い」と、いじめを受けていた少年は言われてしまったそうです。大変辛辣な言葉です。しかしその少年はその時、このように受け止めたそうです。「生きる価値は無いのではなく、生きているからこそ価値があるのだ」と。『人間失格』を著した太宰治は自死する直前に『桜桃』という作品を書きました。その中に「われ山にむかいて目をあぐ。わが救いはいずこより来るか」という詩編121編の言葉を冒頭に引用しています。しかし残念ながら入水してしまいました。彼が引用したみ言葉の次に「わたしの助けは来る、天地を作られた主のもとから」とあります。しかしながらそこに思いは至らなかったようです。「人間失格」ではなく、「人間肯定」の生き方があることを聖書は明らかにしています。
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2026年01月21日

崖っぷち人生

アフリカのサハラ砂漠にはサハラギンアリという蟻がおり、餌探しは最も温度の高い真昼、地表温度は50度を優に超すそうです。この蟻は4分以上その暑さの地表にいると死んでしまうとのことです。その4分間が生きるための餌探しの時となるわけです。しかも45度以下になると天敵のアリクイトカゲが現れ餌食されてしまう恐れがあります。45度以下にあるのは死、生きるために死んでしまうかもしれない温度50度での餌探し、しかもギリギリ僅か4分間の中で生死を賭けた崖っぷちでの闘いとなります。人生もまたこの蟻のような綱渡りのようなものといえまです。常に死と隣り合わせです。明日あるかの保証は誰にもありません。そのようなことを考えると先に進めなくなってしまいますが、詩編8編5節に「そのあなたが御心に留めてくださるとは、人間は何ものでしょう。人の子は何ものでしょう、あなたたが顧みてくださるとは」とあります。切羽詰まった中にも見守り支えて下さる存在がおられることは、心強く感謝なことです。
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2026年01月19日

大丈夫

理解しがたい状況や不条理に遭うとき戸惑いを覚えますが、イギリスの作家エドワード・モーガン・フォスターは、異なった価値観の故に起こることを主テーマにした人物です。その彼が「何故、どうして?」という問いに対してこのような答えを出しています。「大丈夫、信じて、そのまま黙って歩きなさい」と述べています。不安や思い煩いを抱く時一歩も進めなくなりがちですが、ヘブライ人への手紙13章5節に「神御自身、「『わたしは、決してあなたから離れず、決してあなたを置き去りにしない』」とあります。「決して」「決して」と繰り返し強調されています。この神の約束の言葉の中に、「大丈夫、信じて、そのまま黙って歩きなさい」との神の御想いが込められているはずです。今日も一歩前進です。
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