2026年04月30日
夜学生の応援を使命とした人
25日に「賀川豊彦召天記念墓前礼拝」が、日本基督教団松沢教会のお墓のある多磨霊園であり、私は賀川を支えた後藤安太郎さんの話をしました。関東大震災が起こった際、大火災も起こり、約10万人の死者が出てしました。支援物資を積んだ船に乗って上京した賀川は、焦土と化した本所(墨田区)に天幕を張り、十字架を立てて救援活動を始めたときに駆けつけた青年が後藤安太郎さんでした。彼は夜学の学生を応援することを生涯の使命として生きた人物でした。優秀な技術者であった後藤さんは、オリジン電気工業(現オリジン)の創業者です。彼は都電荒川線の面影橋の近くに工場を運営しておりました。隣の最終駅は、早稲田駅です。徒歩で早稲田の本部や理工学部に行ける立地にあります。今は高校や大学に入るのは当たり前の時代となりましたが、貧しさのゆえに進学の道を断たれた青少年がたくさんおりました。集団就職列車のあった時代などは昔日の感がありますが、昭和40年前半はそのような時代でした。そのような若者たちに勉学の機会を与えようとしたわけです。入社の条件はただ一つ、「便所掃除でも何でも喜んでする人を採用します」と言うのです。「一生懸命働き、一生懸命学びなさい」との励ましの言葉の元、職と住まいが与えられ、勉学は無理だと思っていた若者たちが学びの機会が与えられたのです。イエスの友会で8年ほど前に後藤さんを含めた方々数名の自叙伝を小冊子の形で発行しましたが、彼のことは拙い文章ですけれども、私が書かせていただきました。折角だから写真を載せたいと思い、何人かに当たったのですが、誰も持ってはおりませんでした。しかしダメもとで会社に電話し、総務担当者にその主旨を伝えると、2人の承諾を得ないといけないといわれました。1人は遺族、もう1人は社長の承諾を得なければならないということでした。「社長」と言っても、社員3千人もいる東証一部上場企業です。写真1枚借りるのに、果たして話を伝えていただけるものかと案じましたが、2日後、「両者の承諾を得ました」との連絡があり、画像が送られてきました。刷り上がったものを送付し、お礼の電話をしたところ、「我が社の創業者がこのような人であったことを初めて知りました」と言って喜んでくれました。その際「後藤さんのご家族でどなたか働いていますか」と問うと「誰一人もいません」との返答がありました。最近は物言う株主の話を耳にしますが、「さすがだなあ」と思いました。株式会社であろうとも、本来は公的なもの、社会的なものです。たとえ自分自身が立ち上げたとしても、彼は私物化することなく社会に、次世代の人たちに託すことを実践されました。語った聖書の言葉は「何をするにも、人に対してではなく、主に対するように、心から行いなさい」(コロサイの信徒への手紙3章23節)でしたが、仕えることに生涯を徹した後藤安太郎さんのお名前が墓碑に刻まれておりましたが、人生の美学を教えられる人物です。このような陰の働きは主に覚えられている働きであると言えます。
2026年03月13日
摂食症
「摂食障害」が「摂食症」に名称が変更されたとの今朝のニュースを見ながら二十数年前の出来事を思い出しました。高校卒業して間もない女性が救いを求めて教会を訪れ求道生活に入りました。どうも過度のストレスのため拒食症になってしまったようですが、根本的な問題を解決しなければ改善の見込みはなさそうでした。同じ頃、同年代の女性も礼拝に出席するようになり、聖書を学び始めました。彼女もまた何からの悩み事を抱えているようで暗い表情でした。半年ほど礼拝に出席し二人とも洗礼を受けたいとの希望を出し、受洗準備会の学びに入りましたが、二人が対面して両者ともびっくりしました。二人は高校時代の友人でしたが、行き違いが起こり関係が破綻、それが原因で二人とも心病んでしまったようです。悩みを抱えながら同じ礼拝に出席しながらも、大勢の礼拝者の中で互いの存在が見えなかったようです。二人にとってこのとき必要なことは許し合うことでした。互いに許し合えたときに、二人の心に光が与えられ、苦しみ続けて来た病から解放され、喜んでいる姿に主の成されることは常に最善であると思いました。詩編40編2節から4節に「主にのみ、わたしはのぞみをおいていた。主は耳を傾けて、叫びを聞いてくださった。滅びの穴、泥沼からわたしを引き上げ、わたしの足を岩の上に立たせ、しっかりと歩まさせ、わたしの口に新しい歌を、わたしたちの神への賛美を授けて下さった」とありますが、まさに主の恵みにより泥沼から引き上げられた体験でした。
2026年02月02日
命の重さ
若いつもりが70歳を迎えましたが、故日野原重明先生が75歳以上の人々を集めて「新老人会」を組織し、その運動が全国へと拡散しました。そのモットーの1つに「耐える」ことを挙げていました。何かにじっと耐えることによって、感性が磨かれてエネルギーに変えられていくというのです。雪国育ちの者にとって耐えることは自然に身に付いています。厳冬の中にあっても春の兆しを感じます。聖書を開いたら「守るべきものすべてにも増してあなたの心を保て。命はそこから来る。(詩編4章23節)とありました。命の重さを感じつつ、主の恵みによって日々新たにされた者として感謝しつつ、歩みを続けたいと思います。

