2025年01月31日
優しくしてくれてありがとう
保育園の子どもたちが散歩に出かけたとき、横断歩道で1台の車が停車してくれたそうです。運転していたのは保護者のおかあさん。彼女は運転席から「いつも優しくしてくれてありがとう」と大きな声で語ったそうです。まぶたにその光景が浮かぶようです。我が子を思う母親のとっさに出た言葉かと思いますが、母親の慈しみが滲み出てきます。言葉をオブラートに包みこまなければならない時もありますが、そのままの想いを吐露するのも良いものです。パウロは「悪い言葉を一切口にしてはなりません。ただ、聞く人に恵みが与えられるように、その人を造り上げるのに役立つ言葉を、必要に応じて語りなさい」(エフェソの信徒への手紙4章29節)と書き送っています。教えられること大です。
2024年12月10日
被災者の隣人
昨日は文京区シビックホールで開催されたクリスマスラブコンサートに参加しましたが、一曲一曲に込められた想いが伝わってきました。会場で趙泳相牧師と何年かぶりに再会しました。初対面は、私が神学生時代ですから38年の月日が経ったことになります。東日本大震災が起こったのが2011年3月11日、趙牧師は石巻市に居を構え直ぐに救援活動をしました。被災したコンビニの建物を購入し教会を設立、そして『お茶っこハウス石巻』という名のサロンを開きました。「お茶っこ」という言葉は東北人にとって親しみのあるものです。お茶っこを呑みながらお話ししましょう、どうぞくつろいでくださいというわけです。被災者の方々にとってそのような場は、心のオアシスになったことでしょう。彼は震災から今に至るまで土地の人となって仕えてきたのです。ところが久しぶりにあって驚愕しました。今は能登半島に住んでいるとのこと、頂いた名刺には「能登復興支援センター 代表」と記されていました。震災後真っ先に被災地に駆けつけ支援活動をしている由、頭が下がりました。使徒パウロは「互いに愛し合うことのほかは、だれに対しても借りがあってはなりません。人を愛する者は、律法を全うしているのです」(ローマの信徒への手紙13章8節)と書き送っていますが、頭でっかちになりがちな信仰ではなく、隣人となって生きる姿が人々の心を捉えていくものです。マザーテレサが「思いやりのある言葉は、たとえ簡単な言葉であっても、ずうっと心にこだまする」という言葉を遺しておりますが、昔ながらの人懐こい笑顔に大切なことを教えられました。
2024年11月30日
苦難と成長
『道は開ける』(創元社)の中で著者のディール・カーネギーがエレベーターの中で車椅子に乗った足のマヒした人物との出会いを紹介しています。その人は障がいをもっているにも拘わらず、その顔は非常な優しさと快活さに輝いています。カーネギーはこの人を訪ねてその理由を聞きます。名前はベン・フォーストンといい、24歳の時に自動車事故に遭い、背骨に損傷を受けて両足がマヒしてしまったこと、そして最初は激怒し、自分の運命を呪ったそうです。ところが数年後、怒り続けることが苦しみ以外の何物をももたらさないことを知った彼は、ゆっくりと自分の新しい人生を築き始めたそうです。多くの本を読み、良い音楽を聴き、人生と人間というものを考察し始めたのです。彼は語ります。「生まれてはじめて私はこの世は私にとって何なのかを考察し、また価値に対する感覚を私のうちに発展させることができるようになりました。そして、私が今まで得ようと努力してきたほとんどのものはまったく骨折り甲斐のないものであったことが明らかになりました」と。彼はその後、車椅子に乗って演説し、ジョージア州の長官になりました。「事故は無慈悲な災難は無慈悲であったか」と問うと、彼は「ノー」と答えたそうです。詩編119編71節に「苦しみに遭ったのは私には良いことでした。あなたの掟を学ぶためでした」とあります。苦難を通してこそ、人は大切なことを示され、成長するものであることを教えられます。